2017年から2019年にかけて、世界一周の旅で訪れた印象的な場所をご紹介します
2021年時点の今は海外旅行が難しい状況ですので、このブログで少しでも旅の雰囲気を感じていただけるとうれしいです
今回ご紹介するのは、スリランカ中部にある世界遺産、ポロンナルワの古代都市遺跡です
広大な敷地にかつての都の王宮や仏教施設の遺跡が点在するポロンナルワ
その廃墟感が時の流れと運命を感じさせてくれました
ポロンナルワの古代都市について
スリランカの王国シンハラ朝の最初の都はアヌラーダプラでした
なんと紀元前5世紀に作られたとも言われる古い都です
紀元前3世紀にインドから仏教が伝えられ、以後、スリランカは敬虔な仏教国として二千数百年もの歴史を刻んできました
しかし、この間の10世紀に南インドの異教徒に侵略されて占領されます
約80年間の戦いを経てようやく侵略者を追い出し、再建された新しい都がポロンナルワでした
その中心にはウェジャヤンパーサーダ宮殿という巨大な王宮が建てられ、周りには王宮寺院、市街地、市街地を囲う市壁、農業のための貯水池などが整備されました
部屋数1000を超えたと言われる煉瓦造りの王宮は、今でも一部が廃墟となって残っています
王宮寺院の仏歯堂には仏陀の犬歯が納められていました
この仏歯は、現在はキャンディという街の仏歯寺に収められています
ときの王様は、占領下で荒れた人心を正すため、仏教を浸透させるべく、街の内外にいくつもの仏教寺院建てました
そのうちのガルヴィハーラ寺院には、自然の岩盤から掘り出した巨大な涅槃像(長さ14メートル余り)などが残っています
このように仏教を中心に繁栄したポロンナルワですが、13世紀にはまたもやインドからの軍勢に侵略されました
そのためシンハラ人は、都を追われて島の南部に身を潜めざるを得なくなりました
その後19世紀に発見されるまでの約600年間、ポロンナルワは密林に埋もれていました
ポロンナルワの古代都市遺跡への旅、そしてそのときの心境
前日から泊まっていたのはシーギリヤロックの近くにあるホテルinn on the treeでした
その名のとおり、木の上に部屋があるツリーハウスが客室になっているホテルです
僕が泊まった部屋は、部屋と言ってもちゃんとした壁があるわけではなく、柱と屋根だけの骨組みにカーテンやすだれを設置しているという簡単な作りでした
むしろそれがこの熱帯の気候に合っていて、とても快適でした
翌朝、プライベートツアーの車に乗ってポロンナルワへ向かいました
途中で、その辺にあるごく普通の寺院ものぞいてみよう、という話になり、適当に目についた仏教寺院に立ち寄って、お参りをしました
少年僧たちの目が限りなくキラキラしていたのが印象的でした
また、道中の道端に象の子供が姿を現し、通行人に餌をねだっていました
最初は驚きましたが、この後も何度か野生の象と出会っているうちに、野生動物と人間が隣人として身近に共存していることに、なんとも言えない安らぎというか、のびやかな解放感みたいなものを感じるようになりました
野生の生き物との共存の仕方、距離感みたいなものを、一人ひとりの人間が体で覚えていくことができれば、人間の自然との共存の仕方ももっと上手くなるのではないかと思います
都会にいるとなかなかそういう「共存」を感じる機会がなくて、ペットとして飼う、檻の中に入れる、駆除する、、、という支配・管理・抹殺的な関係性しか知らない状態に陥りがちですね
ポロンナルワは広大なエリアに見所が点在しています
トゥクトゥクを利用した方が効率的に回れますが、僕は全部を見ることができなくてもいいからゆっくりその場を感じたかったので、あえて歩いて周りました
ワタダーゲーと呼ばれる仏塔を祀った円形の建物。かつては木造の屋根で覆われていた ワタダーゲーの入り口 ワタダーゲーの別角度 ラター・マンダパヤ 閣議場 サトゥマハル・プラサーダという7段ピラミッド寺院。タイかカンボジアから来た建築士が建てた 森の中で静かに眠るいにしえの都 あちこちで野良犬が寝ていた 高さ・直径55メートルとポロンナルワ最大の建物ランコトゥ・ヴィハーラ(黄金仏塔) 沐浴場? クマーラ・ポンド 大迫力のランカ・ティラカ仏殿 ランカ・ティラカ仏殿正面から ランカ・ティラカ内部。奥に巨大な仏像。顔の部分は破壊されている
スリランカは北緯5度から10度くらいという赤道近くにある国です
9月初旬の暑さは厳しく、ジリジリと焼けるような太陽の下、何時間も歩き周りました
普通ならバテそうなところですが、一人で遺跡の中を歩いていると、無性に嬉しくて、ワクワクして、疲れはまったく感じませんでした(とはいえ、ボーッとしていたのか、早速帽子を一つ失くしました)
黄金仏塔の前では、スペイン語圏から来ているらしき女性グループから「さっきも会ったねー」などと声をかけられ、一緒に記念撮影をしました
他の場所でも、こちらは覚えていないのに向こうが僕を見て覚えていることが度々あり、聞いてみると「すっごい嬉しそうな、なんとも言えない笑顔で歩いてたから覚えているんだよ」みたいなことを言われました
本当に嬉しさいっぱいのキラッキラなオーラが出ていたんだろうなと、自分でも思います
旅をしている間、基本的にはずっとそんな感じだったので、どこへ行っても、いろんな国の人たちとすぐに仲良くなって、それがまた旅の喜びをぐんぐん加速させた感じがします
敷地内には、野良犬がたくさんいましたが、暑さのためか、みんなグターッと横になって寝ていました
日本だと野良犬がいるとちょっとギョッとしますが、ここの野良犬たちは人がいても全く気にせずくつろいでいたので、こちらも怖いと感じることはありませんでした
もっとも、だいぶ後のことになりますが、ネパール・インドを訪れた際に、野良犬に襲われて怖い思いをし、それ以来犬が怖くてたまらなくなり、こちらが怖がれば怖がるほど野良犬たちが攻撃的になるという恐怖の体験をしました(そのときの記事たちはこちら)
ともかく、スリランカにいる時点では、「野良犬だって怖くないや」という自信というか信頼感のようなものがあり、それもまた僕の幸福感をアップさせてくれました
しかし、ただ一つ、心を重くしていたことがありました
それは、プライベートツアーのガイド兼運転手さんとの気持ちの疎通がうまくいかないこと
このときは、待ち合わせ時間が近づいてきたので、遅れると彼が不機嫌になるだろうな、不機嫌になられるのは嫌だな、と条件反射的に思ってしまい、まだ見たいところがあったのに早めに切り上げて遺跡地区から出ようとしました
たまたま、出入口ゲートのところで、係員の人と立ち話をした時に、「カルヴィハーラ寺院の石像を見ていないの?ここは絶対見にいかなきゃダメだよ」などと言われ、「確かに。そこは見に行きたかったところだったな。せっかくだから見てこよう」と思い直しました
急げば間に合う時間だったので、そのゲート係の人にトゥクトゥクを呼んでもらい、なんとかカルヴィハーラ寺院を見にいくことができました
おそらくですが、幼少期からのトラウマのようなものがあって、人に不機嫌になられることを条件反射的に怖れる習性があるようです
旅をしながら自分と向き合っていると、その習性がとてもわかりやすく、くっきりと浮かび上がって見えてきました
不機嫌さに過敏に反応して、不機嫌になられないよう気を使いすぎる(つまりご機嫌をとる)と、こちらの感情に歪みというかノイズみたいなものが入り、それが言葉や態度にも現れて相手に伝わるものです
それは相手にとっても決して心地よいものではなくて、「この人は本心を話していない」=「自分を信頼していない」、ひいては「自分に否定的な感情を抱いている」「自分に敵意を持っている」という誤ったサインとして受け止められがちです
人の不機嫌さのようなネガティヴな感情に対する過剰な恐怖心を自覚すること、そしてできる限り内側で感じていることと、外側に表す言動との間に齟齬がないようにすること
それを意識して旅を続けようと心に誓いました
別の言い方をすると、他人の気持ちに引っ張られて「自分を失う」状態ではなく、「自分が自分であり続ける」「自分とつながっている」「自分軸をしっかり持つ」状態でいるということですね
さらに敷衍すると、昭和の時代に生まれ育った日本人としては、社会に適合して生き残っていくために、「自己犠牲と協調性」を中心的な生存戦略にしがちでしたが、そのやり方は外国では通用しません
それゆえ、自分がいかに「自己犠牲と協調性」に依存していたかが、ことあるごとに浮き彫りになりました
自分の中で無意識に封印していた自己中心性を素直に解放してあげるのも、この旅のテーマの一つでした
この日の宿は、シーギリヤの近くにあるrice villa hotelというところ
畑や森に囲まれ、野性味溢れる素朴な宿でした
しかし、一人旅で個室にばかり泊まるのは寂しいですね
このときは旅を始めたばかりで、まだドミトリーに泊まっておらず、専用の乗用車を使ったプライベートツアーで回っていましたので、旅人らしい「宿」の楽しみをまだ知りませんでした
rice villa hotel ホテルの朝食。クレープみたいな卵料理は定番 新鮮なフルーツたっぷりで体が喜日ます 食後のコーヒー
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