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シーギリヤの古代都市〜スリランカの世界遺産を巡る旅

シーギリヤロックへの道旅のスポット情報
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世界一周の旅の中で実際に訪れたスポットについて、その時の写真とともにご紹介しています

今回は、最初の訪問国スリランカの中部にある世界遺産シーギリヤについてです

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シーギリヤの悲しい物語

森の中に卒然とそびえ立つ高さ約200メートルの切り立った岩山、シーギリヤロック

その山頂に古い王宮の遺跡があります

この王宮はシンハラ朝第65代の王カッサパ1世(在位473年〜491年)によって築かれました

先代の王ダートゥセナには兄カッサパと弟モッガーラの二人の王子がいましたが、王位継承者は正妻の子であるモッガラーナに決まっていました

しかし野心家のカッサパは反乱を起こし、モッガラーナを追放し、父ダートゥセナを捕らえたばかりか、側近から隠し財産があるなどと唆されて欲望に目が眩み、父を殺害してしまいました

こうしてカッサパは王位につきますが、シンハラ王国は敬虔な仏教国です

カッサパは父を殺したことに対する後悔の念に苛まれるようになり、また、弟モッガーラの復讐にもおびえます

そこで、カッサパは、弟の復讐に備えて、シーギリヤの岩山の上という安全な場所に王宮を作り、そこに移り住むことにしたのです

そこは父ダートゥセナが城塞を作ろうと計画していた場所でもあり、殺してしまった父への弔いの気持ちもあったのかもしれません

カッサパ1世は、この岩山を「シンハギリ」(獅子の山という意味)と名付けて、巨大なライオンの頭部と前足をかたどった城門を作りました

今でもライオンの前足の部分だけがきれいに残っています

また、カッサパ1世は、王宮の建築費を賄うための新通貨を発行しようと考え、国民にその通貨を信用させるため、自ら財宝の神クヴェーラであると名乗り、クヴェーラが住むという宮殿を模して、この岩山の岸壁に天界に舞う美しい天女たちの姿を描かせました

Wikipediaによると、クヴェーラはインド神話上の富と財宝の神で、インド北部(今のチベット)にあるカイラス山のアラカーという都に住んでいると言われています

クヴェーラは獅子を従えているとも言われているので、シーギリヤロックが獅子に見立てられたことにも関係しているかもしれませんね

なお、クヴェーラはヴァイシュラヴァナという名前でも知られており、これが漢訳されたときに多聞天となり、音写した名前が毘沙門天になったそうです

かつては無数に描かれていた美しい裸体の天女たちですが、今では22体の肖像画だけが残存しており、その美しさから「シーギリヤレディ」と呼ばれて広く知られています

カッサパは、この岩山の麓に整然とした都市と美しい庭園を整備しましたが、父を殺した罪悪感と弟からの復讐への恐怖に苛まれる苦悩の日々を送ります

そして、王位についてから18年後の491年、恐れていた弟モッガーラから襲撃されて敗退し、自ら命を断ちました

シーギリヤの写真

シーギリヤを訪れて

スリランカにいったことがある人の口から、「シーギリヤロック、とってもよかったよ!」という言葉を聞いていたこともあり、ここは僕がスリランカの旅でとても楽しみにしていた場所の一つでした

そもそも、僕が世界一周の旅の最初の訪問地を、近場の東アジアとか東南アジアにしないで、わざわざその先のスリランカにしたのは、それだけ強くこの地に惹かれていたからでした

それと、僕の発想は、「行きたいところに行く」という単純なもので、移動の合理性などはあまり重視していなかったので、「スリランカに行ってみたい」という強い想いが、このような非効率な旅程(スリランカの後で東南アジアに戻った)を決めさせたように思います

どうしてそんなに惹かれたのか、自分でもよくわかりませんが、初期の仏教の痕跡には興味がありましたし、何より情報が少なくて未知の世界であるというところに惹かれたのかもしれません

未知の世界を見てみたい、体験してみたい、というのが旅の原点ですから

当日は、駐車場でプライベートツアーの車を降り、あとは一人でシーギリヤロックへと歩きました

さすがに超有名な世界遺産だけあって、訪れる人は結構いましたが、混み合っているほどではありませんでした

市街地跡では、地元の子らしき数人の子供たちが遊んでいました

その時、「ここは貴重な世界遺産だと言っても、地元の子供達にとってはいい遊び場なんだな」と思うと同時に、不思議な郷愁みたいな感覚が湧いてきて、自分が子供になってそこで遊んでいるような、ちょっとしたタイムスリップ感を味わいました

シーギリヤロックへのメインロードは結構長いのですが、そこを歩いている途中で、日本人観光客を見かけました

スリランカへ来て数日間、あちこちを見て回っていましたが、日本人を見たのはこれが初めてでした

そもそも、日本人と出会うのが珍しい地域で日本人と遭遇したときの感覚というのを、この時初めて味わったことになります

久しぶりの日本人ということで、声をかけてみたいような気持ちもあったので、僕自身がもうちょっとリラックスしていたら声をかけたかもしれませんが、この時はまだ旅をスタートさせて間もなかったこともあり、なんとなく声をかけるのが軽薄な気がして、特に話をすることもなくすれ違いました

向こうが家族連れだったというのも、声をかけにくい原因だったと思います

一人旅同士だと話しかけやすいのですが、相手が複数人のグループだと、そのグループで一つの世界を作っていて、グループ内の繋がりを強く意識している傾向があるので、そこにはある種の閉鎖性があって、容易に入り込みにくい空気が流れている気がします

逆にこちらが複数人でいる時の立場に立って考えると、やはり、次にどっちへ向かうか、何に関心を払うか、何を話すか、といったその時に直面するあらゆることについて、グループ内の他の人を気遣う内向きの意識が働きがちです

それが強く働くと、お互いに気を使いすぎて、なんだか窮屈な感じになり、その場を十分に楽しめなくなってしまいますよね

また、グループの閉鎖性が強いと、現地で地元の人や他の旅人と知り合うような出会いの機会が少なくなるので、それも寂しい気がします

もちろん、気の合う恋人や家族、友達などと一緒に旅をすることには、そこでしか味わえない「一緒に何かをする面白さ」があって、それはそれで好きなのですが、それは純粋にその場を感じる「旅」とはちょっと違う性質のものですね

話をシーギリヤに戻します

人がここに惹かれる理由の一つは、やはり最初に紹介した、この場所にまつわる悲劇のストーリーがあることでしょう

そこには嫉妬、欲望、魔が刺す瞬間、罪悪感、復讐、恐怖といった、人間の抱える苦しみの源みたいなエッセンスが散りばめられていて、身につまされます

そして、その苦しみの中で岩壁に描かせた無数の美しい天女たちは、カッサパが求めていた癒しと慰めの象徴だったのかもしれないと思うと、シーギリヤレディにも心惹かれます

しかし、残念なことに、僕はここを訪れた当時は、シーギリヤレディにほとんど関心がなく、どこに描かれているのかもわからないまま通り過ぎてしまいました(したがって写真もないので、シーギリヤ遺跡博物館のサイトなどでご覧ください)

今考えるともったいないことをしたとは思いますが、見所と言われるところをチェックして回るような旅行をするよりも、その時の感覚に従って出会いを重ねていきたいと思っていましたので、さほど後悔はありません

あの時は、初めての海外一人旅をスタートしたばかりで精神的にいっぱいいっぱいだったので、そこまで意識を向けるゆとりがなかったということかもしれません

その代わりというわけでもありませんが、シーギリヤロック頂上の絶景と廃墟感を心ゆくまで堪能して大満足でこの地を後にすることができました

僕は遺跡(特にここのように野ざらしにされた廃墟のような遺跡)に足を踏み入れた時に、大昔、そこに人々の暮らしや人間模様が展開していた生々しい情景や、その場に立ってリアルタイムでその時代を生きている自分の感情などが鮮明に蘇ってくる感覚が大好きです

もしかしたら、過去世で本当にそこにいたのかもしれませんしね

そのようなタイムトラベル感を繰り返し感じた世界一周の旅は、空間を移動するだけでなく、時間も超える旅だった気がします

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