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紀伊半島、熊野のディープな神社・聖地巡りの旅〜お盆の特別記事です

熊野の山並旅のスポット情報
この記事は約6分で読めます。

今回は、このブログのテーマから少し外れますが、お盆の特別企画として、このお盆に行った熊野の旅についての記事を投稿します

今年2020年のお盆は、熊野市の地域おこしに携わる友人の依頼で熊野のお盆行事を撮影するため、紀伊半島南部、三重県の熊野市を訪れました

有名な熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の熊野三山には、2度ほど行ったことがありましたが、今回はそういったメジャーな場所へは行きませんでした

代わりに、この土地と水に馴染めるよう、地域の神聖な場所へ案内していただき、おかげでとてもディープで魂が喜ぶ旅になりました

その全てをお伝えすることはとてもできませんが、写真を中心に触りだけでもご紹介することで、「熊野」に興味を持つきっかけ、あるいはすでに興味を抱いている方の旅の参考になれば幸いです

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大馬神社(おおまじんじゃ)

熊野国総鎮守、大馬神社は、桓武天皇の時代、蝦夷征討で功績をあげた坂上田村麻呂が、この地方を荒らす鬼と恐れられる賊を討ち、その首を地中に埋めてその上に社殿を建てたのが始まりとされています

しかし、これはあくまでも支配者から見たお話

その背後には、社殿の奥の森の中に潜む清瀧のように、パワフルなこの土地の物語が眠っているように思われました

駐車場から神社に入るあたりには、巨木が生い茂り、全身がざわざわするような不思議な雰囲気が漂っていました

なお、この神社の入り口には狛犬が見当たりませんが、熊野市の海岸にある左右二つの大きな岩(獅子岩人面岩)がこの神社の狛犬だと言われています

大馬神社入口
大馬神社の鳥居前
禊場
禊場
大馬神社参道
参道
首塚
討ち取られたという「鬼」の首はこの下に眠るのか
大馬神社本殿
現在の社殿
大馬神社清瀧
清瀧の遥拝所
大馬神社滝
社殿の奥に潜む瀧
獅子岩
「あ」の狛犬「獅子岩」

大丹倉(おおにぐら)

大丹倉は、高さ約300メートルの岩の絶壁ですが、僕はその頂上部分の絶景ポイントへ行きました

流紋岩に含まれる鉄分が酸化してピンク色の岩肌を見せていることから、赤を意味する「丹」の字が使われたと言われています

ここは修験者の修行の場でもありますが、駐車場からは歩いて10分か20分くらいで頂上へ行けます

そして、駐車場から頂上に向かう苔の生えた小道がとても美しく、周りの植物たちも光り輝いて見え、まるで天国に来たような感じすらしました

頂上は岩が剥き出しになった、見晴らしの良い絶景ポイントですが、その岩の上に立つと心地よい風が吹き渡り、あまりにも気持ちよくて、絶壁の上から向こうの山まで飛んで行けそうな気がしてしまいました

山頂への小道
駐車場から頂上への小道
小道の途中
小道の周りも美しい
山頂付近
最後は頂上の岩を登る
山頂からの景色
頂上からの絶景
山頂から下の様子
足元は絶壁

丹倉神社(あかぐらじんじゃ)

丹倉神社は、大丹倉の近くにある磐座(いわくら)です

入り口の鳥居から降りていった先に神社がある形式を「下り宮」と言うそうです

現在、多くの社殿は高いところにあって、階段を苦労して登っていかなければいけない造りになっていますが、下り宮は人々を広く受け入れる神社本来の在り方に近いのかもしれないそうです

神社本来といえば、鳥居は全国的に赤い色をしていることが多い印象ですが、この地の鳥居はどれも白い色をしています

ちょっと調べてみると、どうも古来の鳥居の色は神聖な色とされる「白」でしたが、仏教の影響を受けて赤色の鳥居が増えたという説があるようです

丹倉神社の御神体は、立派な磐です

思わずそのすぐ前に座って目を瞑ってみたくなり、実行してみました
そうしたら、すぐに気持ちがよくなり、しばらくその場から離れられませんでした

丹倉神社入口
白い鳥居の下り宮
丹倉神社
磐座
下から見上げる
下から見上げる

大森神社と尾川川

大森神社は、鎌倉時代の初期に、地元の人が奈良の春日大社に詣でた際、神鏡を持ち帰って祀ったのが始まりと伝えられているそうです

毎年の例大祭には濁酒が振る舞われるため、どぶろく祭とも呼ばれるようです

それはともかく、今回感動したのは、神社の隣を流れる尾川川の清流でした

この美しい川は、いたるところにかっこうの川遊び場を提供してくれていますが、その一つがここ大森神社の脇です

岩盤が広がる浅い川底に横たわり、顔だけ木陰に出してぬるい水の流れに身を委ねていると、あまりにも気持ちよすぎて、その幸福を独り占めしているのがもったいない気持ちになりました

熊野は、一日中ボーッとしていたい場所が目白押しです

大森神社参道
美しい参道
大森神社本殿
石垣と本殿
大森神社正面
立派な御神木と正面
大森神社から川へ
木立の向こうは河原
大森神社川から
木立の間から振り返ってみた社殿
尾川川
子供たちが遊ぶ川
尾川川の底
冷泉に浸かっているような気持ちよい水
川のきらめき
魚も影もたくさん見えた清流

花の窟神社(はなのいわやじんじゃ)

ここは日本書紀に、出産で命を落とした伊弉冉尊(イザナミ)を葬った、いわばイザナミのお墓で、花を飾って祭ったと記されており、日本最古の神社だとも言われています

社殿などはなく、大きな岸壁がイザナミ、その向かい側の大きな岩が、イザナミの子供の軻遇突智尊(カグツチ)の御神体です

このカグツチが火の神であったため、イザナミが出産で大火傷をおって命を落とし、それに怒った夫の伊邪那岐尊(イザナギ)がカグツチを殺したという話になっており、可哀想なカグツチを母親のそばに祀ってあげているわけです

花の窟神社では、今も、毎年春と秋の例大祭において「お網かけ神事」と呼ばれる昔と同じ方法で花を飾った祭礼を行っています

花の窟神社入口
神社の鳥居前
花の窟神社参道
木漏れ日が気持ちいい参道
花の窟神社の石
手水の横にある石
花の窟神社飾りなわ
花を飾る綱がかけられている御神体の岸壁
花の窟神社内
向かって左がイザナミ、右がカグツチの御神体の岩

産田神社(うぶたじんじゃ)

ここはイザナミがカグツチを産んだ場所だとされ、産田神社という名前もその話に由来しています

したがってイザナミとカグツチを祀っていますが、後に夫のイザナギも合祀されたそうです

弥生時代からの古い神社であるとされ、「神籬(ひもろぎ)」(神の宿るところという意味)と呼ばれる石で囲んだ太古の祭祀台が左右二か所に残っているのが、この神社のとても貴重なところだそうです

産田神社参道
境内
産田神社社殿
社殿
神籬
画像下の石で囲った部分が神籬

徐福の宮

紀元前3世紀の中国で、秦の始皇帝から不老不死の薬を探してくるよう命じられた行者の徐福が、熊野に流れ着いてここに住んだと言い伝えらえれる場所に、徐福の宮があり、その傍らには徐福の墓が建てられています

徐福の一行は、「秦」から波田、畑、羽田などを名乗ったとされ、現にこの徐福の宮がある場所は波田須という地名です

波田須は、山際から海岸にかけての谷間に広がる、とても美しく、見晴らしの良い集落で、あちこちに花が植えられ、立派な石垣が組み上げられているのが印象的でした

徐福の宮には、何本かの木が絡み合って融合した巨木が生えており、ここもまた居心地の良い場所でした

波田須集落
波田須の集落。中央の丸い大きな木の下が徐福の宮
徐福の宮
徐福の宮
花1
花2
波田須の石垣
立派な石垣

まとめ

数日間にわたってゆっくり巡り歩いた神社・聖地をざっくりとご紹介しました

他にも素敵すぎる場所がいくつかありましたが、実際に訪れて発見する楽しみを奪わないために、ここでは内緒にしておきます

総じて感じたのは、熊野の歴史の奥深さでした

縄文時代、弥生時代、南方からの渡来人、大陸からの渡来人、土着の人々や神々と、この地を征服した人々やその神々、これらが重畳的に織りなす歴史の集積地が熊野であり、その深みを探る面白さを垣間見た旅でした

この後は、この地のお盆行事についてご紹介します

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