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負の世界遺産。ポーランド、アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所の衝撃

アウシュヴィッツ旅のスポット情報
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僕が世界一周の旅で訪れた数多くの場所から、印象に残った場所やそこで感じたことなどをご紹介しています

今回は、2017年12月に行った、ポーランドにある有名な負の世界遺産「アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所」についてです

ここはナチスによるホロコーストが行われたと言われる場所であり、当然のことながら行って楽しいところではありません

しかし、ヨーロッパへ行くなら、一度は見ておきたいという想いがあって、一人で見学に訪れました

宿泊していたクラッカウ(クラクフ)からバスで直行し、雪の舞い散る寒い日、ほぼ丸一日かけて広大な施設をゆっくり見て周りました

ここはアウシュヴィッツ第一収容所跡と、少し離れたところにあるアウシュヴィッツ第二収容所(ビルケナウ収容所)跡からなり、どちらも見応え十分です

そこで受けた精神的な衝撃は大きく、復活するのには場所の移動と時間がかかりましたが、間違いなく、行ってよかったと言える場所です

本当にヤバイと感じる写真は除外していますが、それでもショックを受けるような写真はありますので、ご承知おき願います

また、ナチスドイツがユダヤ人などを殲滅しようとしたというホロコーストの歴史的事実に関しては様々な見解があるようです

僕自身、誰かの一方的な主張のみを真実だとか正しいだとか信じることはしないことにしていますので、ここで何が真実か、何が正しいかを論じる気はありません

ただ、その場に行って、その時点で感じたことをそのまま記述したいと思います
それもまた一つの感じ方であるということで、ご了承願います

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全体的な印象

ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」は昔、読んだことがあるし、映画「シンドラーのリスト」なども観たことはありました(以下の画像からAmazonに飛べます)

ホロコーストや強制収容所に関するものを見聞きして表面的・断片的な知識も少しはありました

しかし、現地に行き、その場の空気感を肌で感じ、今は博物館となっている収容施設に展示された遺品や写真パネルなどを間近で見た時の、精神全体に対する衝撃度は、全く異質でした

「衝撃」という言葉は適切ではないかもしれません

驚くような事実を知ってびっくりするということではないから

知っていると思っていたことが、現実的な迫力を伴って体全体に染み渡るような感覚、その重さに圧倒されるような感覚

それによって、あたかもその時その場にいたかのような心象風景を追体験して、同じように沈痛な、絶望的な感覚を味わいました

「ああ、こんなに多くの人々が
こんなにも整然と
こんなにも非人間的な扱いを受け
こんなにも冷酷に殺されて
こんなふうに焼却処理されたのだ
なんて酷いことを。。。」
言葉にするとそうなるけれども、そこに伴う心の痛みをうまく言葉にできないのがもどかしいです

ちなみに、本当は、アウシュヴィッツ博物館の唯一の日本人公式ガイドである中谷剛さんにガイドをお願いようと思い、連絡を取ったのですが、あいにく団体客のガイドが入っていたため、ガイドなしで一人で見学しました

なお、知識を予習するなら下記の書籍があります

ガイドがいないことによって入手し損ねた情報は山ほどあると思いますが、代わりに、ゆっくり、じっくり、マイペースでこの負の遺産を味わうことができたのは、いい経験になりました

アウシュヴィッツ第一収容所

「働けば自由になる」

収容所の入り口に掲げられた有名な言葉
ARBEIT MACHT FREI」(働けば自由になる)

考えてみれば、そもそも何の権利があって、人間が、同じ人間に対して、まずは自由を奪っておいて、言うとおりにすれば自由が与えられるなどと言えるのか、と思います

しかし、ここでそれを考えても仕方がありません
なぜならここは、「労働による絶滅」を企図して作られた場所であり、働いても自由になることはあり得なかったのだから

働けば自由になれる
「働けば自由になる」

ここは後で出てくる第2収容所に比べれば、まだ人が住む場所らしい外観を保ってはいますが、高圧電流が流れる有刺鉄線が厳重に張り巡らされ、徹底的に自由を奪う強大な力を誇示しているかのようでした

アウシュヴィッツの収容施設
収容施設群
アウシュヴィッツの高圧電流
致命的な高圧電流が流れていた有刺鉄線
アウシュヴィッツの鉄条網
有刺鉄線が張り巡らされた敷地

各建物の中は、それぞれ展示スペースとなっています

その中にある管理関係書類の展示を見ると、緻密に、正確に記載されており、そこからは、この施設が、「規律正しく」「効率的に」そして「きちんと真面目に一生懸命」運営されていたことが感じられました

自分が属している狭い社会のニーズに応えようと、「きちんと真面目に一生懸命」働くことで、どこまでも視野狭窄に陥る危険性があるのは、今の状況にも当てはまりますね

書類の展示品
施設管理関係の書類

胸に迫る展示の数々

この施設で受ける衝撃が強かった理由として、その場に身を置いたことが重要なのは言うまでもありませんが、心に訴える効果的な展示方法も大きく影響しています

収容所が稼働していた当時の写真は、その当時の空気感をリアルに物語ります

そして、そこに実際に連れてこられた一人一人の人間たちがいたこと、それを管理する一人一人の職員たちがいたことが、現実感を持って心に蘇りました

収容者を運んできた列車
大量の収容者が列車で運ばれてくるのを待つ職員
連れてこられた入所者たち
運ばれてきた収容者たち。不安が立ち込める
入所する家族たち
入所する家族たち。この子供は何を思い、その後どうなったのか
展示パネル
人々の不安な息遣いが聞こえてくるようだ
鉄条網の中を歩く
鉄条網の中を歩かされる
ガス室の模型

最も効果的な展示は、同じ種類のものばかりを集めた大量の遺品を積み上げた、まるで前衛芸術の美術館のような展示でした

どんな言葉で説明するよりも、一枚の写真、あるいは、その非人間性と規模の大きさを物語る物の展示によって、見る人の心を動かすことができることを体感しました

それは同時に、作為的な「見せ方」によって人の心をコントロールする危険も孕んでいるのですが。。。

ここで紹介する写真以外にも、様々なものがありましたが、一部だけ掲載しました

物には念が宿ることを、ここでは強く感じました

特に、遺髪を大量に積み上げた部屋は、物凄い負のエネルギーが渦巻き、気持ち悪くて長くいることができませんでした

思い込みによる影響の可能性は否定できないのですが。。。

なお、毛髪の部屋は、撮影禁止になっていました

遺品の義足
義手・義足類だけでもこんなにたくさんあるのかと
遺品の水差し
遺品の水差し類
遺品の靴
遺品の靴。両側一面に大量の靴が積み上げられていた。他に子供の靴ばかりの展示もあった
遺品のカバン類
遺品のカバン類
遺品のブラシ類
遺品のブラシ類
食事のサンプル
食事のサンプル

復元されたガス室

有毒ガスで大勢を殺した場所、ガス室をはじめとした虐殺のための施設は、証拠隠滅のために破壊されたということですが、一部は復元されて公開されていました

ここにあるガス室は、復元とはいえリアルに再現されており、中に入れられた人々の恐怖や悲鳴がそこに染み付いたまま残っているかのようでした

ガス室の隣には、死体の焼却炉が併設されています

ガス室の外観
ガス室の外観
ガス室の入り口
ガス室の入り口
ガス室の中
ガス室の中
ガス室の屍体焼却炉
ガス室の屍体焼却炉

ビルケナウのアウシュヴィッツ第二収容所

第一収容所と第二収容所とはシャトルバスで移動できます

ビルケナウの第二収容所は、東京ドーム約37個分という広大な面積に、収容施設やガス室、死体焼却施設などが整然と配置されていたということですが、大部分は破壊され、一部復元されたものが展示されています

ガイドツアーではなく、たった一人でこの広大な敷地を歩き回ったことに加え、雪の降る寒い日だったこともあり、身も心も凍りつくような時間でした

広大な敷地に、あえて間隔を開けて、牛舎、倉庫、工場のような雰囲気の収容棟が立ち並ぶ様子からは、第一収容所に比べて、さらに一層非人間的な匂いがしました

リアルな再現のせいか、そこに人々が収容されていた情景が目に浮かぶようで、心が痛みました

そこは、まるで「家畜小屋」
そう呼ぶのが、家畜に対して申し訳ない気持ちにさえなるような、生命の尊厳を徹底的に無視した構造物のように感じられました

つまり、そこには「愛」がまったくないのです

働けるだけ働かせて命を奪い、一部の民族を絶滅させるための施設だということなのだから、それも当然でしょう

シャトルバス
ビルケナウ行きのシャトルバス
死の門
収容者をのせた列車が通過する、通称「死の門」
施設内部から見た死の門
施設内から、死の門方向を見た情景
敷地内
広大な敷地に監視塔が見える
区画整備されて有刺鉄線の柵で囲われた敷地
ガス室、焼却炉の跡
ガス室・焼却炉の跡
焼却状況の写真
焼却施設のあった場所には当時の焼却状況の写真が展示されている
収容棟
再現された収容棟。人の住むところとは思えない
寝台
収容施設内の寝台
洗面所
収容施設の洗面所
収容施設内の一例
収容施設の一例

強制収容所を見学して考えたこと

最初に述べたように、ここに展示されていたことが全て真実かどうかは、わからないとしか言いようがありませんが、感じたままを書きます

原爆との対比

頭に浮かんだことの一つは、日本に対するアメリカの原爆投下や都市空襲との対比です

空の上を飛ぶ飛行機でボタンを押すことで原爆などを落とし、無差別に10万人単位の人命を奪う行為の恐ろしさと、怯える人々を裸にして次々とガス室に入れ、殺して死体を焼却する行為の恐ろしさとは、それぞれに筆舌に尽くし難いものがあり、どちらがどうということはできません

ただ、実行する側から言えば、目の前に具体的な人間が見えないし、相手からも見られていない状況の方が、容易に実行しやすいのは明らかでしょう

インターネット上の匿名性をいいことに、有名人などを誹謗中傷するのと同じですね

その意味では、普通なら強い抵抗感がありそうなことを実行したアウシュヴィッツ強制収容所の幹部や職員は、いったいどんな気持ちだったのだろうと思います

人類の宿命なのか

今でこそ、現代の基準で言う「非人道的な行為」は非難の対象となりますが、何十年か前までは状況がかなり違ったでしょう

「現在の物差しで過去を評価してはいけない」、ということが言われますが、アウシュヴィッツで行われたようなことは、その当時、どの程度異常だったのでしょうか

今だって、世の中を見渡せば、非人道的なことがまかり通っている場所もあります

ましてや、古くからの文明の歴史を見渡せば、戦争と虐殺の繰り返しが人類の歴史そのもののようにすら見えてしまうときがあります

そもそも、我々ホモサピエンスが地球上で繁栄する影には、他の種族を絶滅させてきた歴史があったとも言われます

そう考えると、戦争と虐殺は、人類の性質の一部であって、消えることのない宿命ではないかとすら感じてしまいます

今の自分たちがそれを好んでするとは思えませんが、一定の条件の下でスイッチが入ったら、誰だって虐殺者になり得るのではないかと

翻って考えると、そんな非人道的な状況が皆無ではないとは言え、昔に比べたら大幅に抑制されている現代社会は、かなり成長してきた、とも言えますね

西洋文明への疑問

ポーランドにいた当時の僕は、しばらく続いた冬のヨーロッパの旅に疲れていました

日照時間が短く、天候も優れず、ひたすら寒い日々

それに加えて、西欧人から、アジア人蔑視の差別意識を向けられていると感じることが重なり、居心地が悪くなってきていました

一度それを意識すると、ことあるごとに人種差別を感じるようになります

だからかもしれないのですが、一部の西欧人の中に、今もアウシュヴィッツ強制収容所を生み出したのと同じ源が存在しているような気がしました

エゴを源にしながら、理性や合理性で生きているように格好をつけているから、独善と視野狭窄に陥って、こんな残虐なことができるのだろうと

まとめ

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所は、最寄りの都市クラクフから日帰りで見学できる負の世界遺産です

精神的なダメージを受けるかもしれませんが、人類や世界を考える上で、一度は観ておいた方が良い場所です

見学するなら、アウシュヴィッツ博物館の公式ガイドである中谷剛さんに個人ガイドを依頼するか、そのガイドツアーに参加するのが王道ですが、人気なので予約がとりにくいかもしれません

僕は、予約が取れなかったので一人で見学しましたが、マイペースでその場の空気感を味わうことができ、これはこれでとても良かったと思っています

アウシュヴィッツ第一収容所と第二収容所(ビルケナウ)の二か所があり、特にビルケナウの方は敷地が広いので、丸一日時間をとってゆっくり見ることをお勧めします

長期間の旅は、必ずしも楽しいことばかりではありませんが、楽しくないことも実は大切です

人類の負の側面を感じて気持ちが落ち込むのも、貴重な体験となりました

とは言え、ここでの精神的なダメージは強かったので、僕は、それまで考えていた「東欧をゆっくり観て回ること」をやめ、必ず行くことに決めていた場所、ロシアのサンクトペテルブルクへ直行することとしました

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